対面に座っている彼女は、今にも泣き出しそうだった。
そしてもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「わたしにはもう、Tのことがわからないの…」
うん、と生返事を返した私の視界は、ティーカップに満たされたミルクティーに大半が占領されている。
沈黙。
彼女が黙り込むと、私は何も言えない。言葉が出てこない。
とうとう、彼女はぽつりと涙をこぼした。堪え切れなくなって流れた涙に気づいて、はっと目尻を拭った。
私は、視界の隅でそれを見ていた。顔を上げる。大丈夫だよ、と心にもないことを呟いた。それ以外、掛ける言葉が見つけられない。
そしてまた俯いて、無闇にティースプーンでミルクティーをかき混ぜる。
「…どうすればいいんだろう」
絞り出すように、対面の彼女が訊いてきた。
私は、金切り声で悲鳴を上げたくなって、下唇を強めに噛む。
切羽詰った彼女の声には、もう既に決意が滲み出している。
私の、言葉で、背中を押してほしいってことなのかな…?
「うーん…」
ギリギリの感情とは裏腹の、気の抜けた声が出た。努めて、そうした。
目はミルクティーから離さず、手はティースプーンから離さずに。
「とりあえず、Tが戻ってくるまでは待ちなよ。話合わないと、わかんないじゃん、いろいろ…」
最後は、曖昧に濁す。
彼女は、微妙な表情を浮かべた。落胆したような、それでいてどこか安堵しているような…。
その表情をちらりと確認して、何だか泣きたくなる。
私には、彼女を背負う自信も、背中を押す勇気もない。
涙が溢れそうになって、私は顔を上げた。彼女から顔を背けて、窓の外を見る。
駅の出入口からは、会社帰りのサラリーマンや学校帰りの学生が、ごちゃごちゃと吐き出されてくる。
そしてそのなかに、一際異彩を放つ人間を見つけた。まるで、登山帰りの重装備。
「A、あれ」
対面の彼女に、届くか届かないかの声を掛けた。
呼ばれた彼女は、窓の外に目をやる。そして、微かに息を呑む。凍りつく。
「いっておいでよ」
私は、努めて穏やかに言った。
躊躇うように間を置いた彼女は、やがてゴソゴソと動き始める。
私はまだ、外を見ていた。
「Cちゃん」
席を立った彼女は、私の真横に立って私を呼んだ。
反射的に顔を向け、何、と発しようとした私の頬を彼女の両手が挟み込む。ぐいっと引き寄せられた。
そして、唇に現れた感触に、驚きと少しの恐怖を覚えて身を引くと、そこには吹っ切れたような彼女の笑顔があった。
「今日、部屋の鍵、開けといてね」
そう言って、彼女は颯爽と彼の元へ向かう。
彼女が店から出れば、駅から横断歩道を渡ってこっちへ来る彼はすぐに彼女を見つけるだろう。
だけど、私はそれを見ない。
混乱しすぎて、感触も思い出せない。
心臓が、痛いくらいの鼓動を感じさせた。
期待、してもいいのかな?
This romance is just started.
了