* * * *
「…で?」
待ち合わせのメッカも、平日の午後早くでは人が少ない。
美貴はそこでやっと亜弥を放し、向き合う。
少し不機嫌そうな美貴とは対照的に、亜弥は機嫌がよさそうに笑っている。
「どこ行きたいわけ」
「えっと、とりあえず山手線一周したいです。
その後はお洒落なお店でお茶しましょう。 それから、観たい映画もあるんですよ。付き合ってくださいね。
と言うわけで、行きましょうか」
と言うが早いか、今度は亜弥が美貴の手を取り、半ば引き摺るようにして駅の入口を目指す。
「ちょ、ま、ねぇ、…つか、おい」
美貴は問答無用の亜弥の行動に、ついて行けないと言うように不機嫌そうな表情で手を振り払う。
はぁーと眉間に深い皺を刻み、立ち止まる。
亜弥は、きょとんと美貴を見る。
無防備に、なぜそんな表情をされるかわからない、と言わんばかりに。
美貴は、再び深々と溜息をこぼした。
「…………わかった」
結局、折れたのは美貴のほうだった。
亜弥は、また嬉々として美貴の手をとって歩き出す。
「藤本さんは、いくつなんですか?」
「20歳」
「ほんとですかー?まつーらよりひとつ上ですね」
「…すぐ21だけど」
「へー、じゃあ学年にしたらふたっつ上なんですねー」
亜弥は、始終ニコニコしながら美貴に質問を浴びせる。
それに対して美貴も、面倒くさそうにしながら、一つ一つに答えを返していく。
そうして、亜弥のペースに巻き込まれながら、美貴はいつしか苦笑して亜弥に付き合っていた。
何軒かショップを巡り、流行の服だアクセサリだ香水だと、亜弥はぽんぽん買っていく。
何処からそんな金が出てくるのかと、美貴は辟易した。
最近の若者は…。
そんな感想しかこぼれてこない。自分もまだまだその範疇に入るのに。
時間をかけて山手線を一周した。
それから、適当な駅で降りて、適当な店に入る。
二人で紅茶を頼み、窓際のカウンター状になった席の端に陣取る。
ケータイを取り出し、このあと観に行く映画について、ああだこうだと議論していた。
これがいい、といった亜弥に、美貴は呆れたようにふ、と息を吐いて前髪を浮かせた。
「亜弥ちゃん、今日は何処に帰るの?」
「吉澤さんちー。たんはー?」
「美貴は、自分ちに帰るよ」
美貴が、焼肉で牛タンが好きだと言う話をしてから、亜弥は美貴を『みきたん』と呼ぶようになった。
それが更に変化し、今ではただ単に『たん』と呼ばれる。
美貴の名前の、名残すらない。
それでも、美貴はまんざらでもない様子。
「たんって、一人暮らし?……あ、アタシこれ観たい」
「そうだけど。……どれさ」
亜弥の覗くケータイのディスプレイを見ようと美貴が顔を近づける。
それと同時に、亜弥の頭もつとぶれて美貴のほうへ傾く。
ごちんっ。
二人の頭は、仲良く星を吐き出した。
亜弥は頭を抱えて机に突っ伏し、美貴は目尻に涙を溜めて押し黙る。
「ったぁーい」
「…亜弥ちゃん、石頭…」
たんヒドイ、なんて亜弥に返す余裕もない。
しばらく、二人して痛みの余韻に浸る。
「…映画、それでいいよね。もうちょっとで始まるから、早く行こう」
ケータイは待受け画面に戻され、美貴のカバンの中に突っ込まれた。
注文したものを片付けて、二人は店を出る。
夜になって俄然活気付いた街を器用にすり抜け、映画館まで急ぐ。
自然に二人の手は繋がれ、仕舞いにはどうしようもなく面白くなったか、二人してくすくすと笑いながら走った。
無事、上映時間に間に合い、1時間32分ほどの映画を見終えたころには、辺りはすっかり夜に包まれていた。
街を彩る電飾が、昼間とは違った眩しさを連れている。
「…みきたん」
亜弥は、少し遅れて歩く美貴の手を、きゅっと握った。
「んー?」
振り返ると、応えた美貴の表情は柔らかい。
一瞬その表情に見惚れてから、亜弥はにゃは、と誤魔化すように笑う。
「今日、さ」
足元に転がっていた、誰かの落としたキーホルダーに靴の爪先が当たる。
美貴は何も言わず、そんな亜弥の行動を見守っていた。
「…たんの家、泊まりに行っていい?」
俯いたまま言う亜弥の頬は、少し赤かった。
「…いいよ」
仕方ないな、と言わんばかりの表情で、美貴が言う。
でもそれは、ポーズで。
ほんとは、亜弥の申し出が嬉しくて堪らない。
亜弥はぱっと顔を上げ、美貴を見る。
視線が合うと、美貴のほうも破顔した。
「みきたん…」
亜弥は、何事か美貴の耳元で囁く。
それを聞いた美貴はふっと笑って。バカ、と亜弥の頭を小突いた。
「じゃ、行こうか」
美貴が、改めて亜弥に手を差し出す。
「うん」
嬉しそうに頷いた亜弥は、美貴の手に応える。
そうやって、二人の姿は、夜の活気がつき始めた街に消えていった。
了