雨の日にもいる、背中。


 雲行きの怪しかった空は、とうとう涙の雫をこぼし始めた。

 「あ〜あ…」

 空を見上げると、頬に雫が落ちる。
 錆付いた鎖をきぃきぃ言わせ、ブランコを揺する。
 衝動的に飛び出してきたことを、後悔した。

 「だけど、さ…」

 寄って集って、責めるんだもん。
 口の中でごにょごにょと独り言。
 その反面で、あれくらいの叱咤には耐えられなきゃいけないとも思う。
 そもそも、失敗をしなければ責められもしないはずだ。

 きぃ、と番が悲鳴を上げる。
 俯いた先の地面に、雫が落ちた。
 静かに、ひっそりと、落ちた。
 濡れた砂は、それをすぐに紛らわせてくれる。
 淡々と、故に優しい。

 「何やってんだか。びしょぬれになるぞー」

 不意に、間延びした声が降ってくる。
 弾かれたように顔を上げると、其処には開いた傘と閉じた傘を一本ずつ手にした同僚が立っている。

 「よ」

 短く声をこぼし、アタシの隣に立つ。
 開いているほうの傘が差し出され、曇天がこぼす涙が遮られた。

 「…ありがと」

 赤くなった目元を見られたくなくて、また俯く。
 一本の傘はあたしの手に渡り、もう一本が開かれる音、気配。
 それきり、隣は黙り込んだ。
 アタシも、言葉が見つからない。
 しばしの沈黙が、どうにも居心地悪い。
 アタシがごそごそと身じろぐと、「あぁ、」と隣で声が洩れた。

 「帰るべー。あったかくなってきたとは言え、躰冷えたでしょ」

 くるりと、踵を返すさまは、いっそ快いほどで。
 何だか急に、どうしようもないほどの孤独感に苛まれる。

 置いて行かないで!

 思わず、上着の裾を掴んでいた。

 「ん〜?」

 のんびりと、背中が振り返る。
 力の抜けきった表情が、其処にはあった。

 すとんと、塊が落ちた。

 嫌われているのかと思った。
 いつでも、輪には入らず一匹狼を気取っているのかと思っていた。だから、アタシとは反りが合わないって、勝手に決め付けて、避けていた。
 我ながら酷いと、思わず苦笑をもらす。

 よく考えてみれば、いつもその背中を見ていた気がする。
 いつでも傍にいてくれる、その背中。
 差し出された手をとり、それに並んだ。

 雨は、もう止んでいた。
 つながれた手も、ゆっくりとした歩調も、今は心地よかった。