ふたつのこころ


 気付けば、谷底に落ちていた。
 濡れた服は、張り付いて体温を奪ってゆく。
 ちらほらと、雪が舞っていた。
 かちかちと、顎が鳴る。
 目の前の焚き火は、湿気っていて黒い煙を吐き出す。

 眠くなってきた。

 隣で、がさごそと動く気配がする。
 私には、身構える体力すら残っていなかった。

 殺すなら、殺せ。

 そう思って、伸びてくる手に目を瞑った。
 暫しの、間。
 うっすらと瞼を持ち上げてみると、彼女の手は私の躰を包む布を剥がしにかかっている。

 「何、を…?」

 声が、震えた。
 彼女は何も言わず、作業を続ける。
 半ば自棄になっていた私は、彼女の行動に身を委ねた。
 するすると上半身の衣が奪われ、私の背面に彼女が滑り込む。
 彼女の肌蹴た衣から零れた膚が、私の背中を包む。
 腋からぬ、と彼女の腕が生え、私の腹の前で組まれる。
 右肩に、重みがかかった。

 「!」

 不意に、肩に痛みがはしる。
 驚いて躰を強張らせる。
 見計らったかのように、熱い何かが押し付けられる。
 それは、肩をなぞる。首筋を辿る。頬に触れる。

 「なにを…、…」

 抗議の声は、しかし奪われた。
 彼女の、唇で。

 押し入ってくるのは、熱い何か。
 絡め捕られ、蹂躙される。
 蹂躙は、しかし殊の外優しい。

 歯列をなぞられ、舌の裏を撫でられ、躰からちからが抜けていった。
 頭の芯が茫となり、彼女に背を委ねる。
 一瞬の隙を縫って息を継ぎ。
 すぐに隙は埋められ。
 どちらのものともつかない唾液は、つと私の顎を滑った。
 いつしか、私は、自ら彼女を欲す…。