眼鏡


 親友と言って憚らない彼女の姿を視界の端に捉え、違和感に眉を顰める。
 その違和感の正体を確かめるべく、美貴は振り返った。

 「戻った」

 そう言って、亜弥ちゃんは空いているほうの簡易椅子に腰を下ろす。
 美貴は、鏡越しの亜弥ちゃんを見た。

 あぁ、そうか。
 眼鏡をかけてるんだ。

 それだけなら、大した違和感でもない。
 だけど、亜弥ちゃんは、衣装を着て眼鏡をかけてる。
 時々、仕事でも眼鏡着用の時はあるけれど。
 今日の衣装に、眼鏡はミスマッチ。

 「なんかぁー、変くね?」

 素直に、そう言った。
 亜弥ちゃんは、落としていた視線を鏡越しに美貴に向ける。

 「そうかなー?」

 ふにゃりと笑って、くるりと躰を反転させた。
 背凭れを挟んで足を投げ出し、美貴の背中を見ている。

 「みきたんは、取ったほうがいいと思う?」

 ん?
 何か変だな。
 何、とは明確にいえないけど。

 「…その服には、眼鏡はないんじゃないの?」
 「ふぅ〜ん?」

 気のない返事。
 何か、何か、何か。
 美貴は、今この状況から逃げ出したい気分になった。

 「ミキティ、こっち見て」

 ミキティ??
 何で?

 訝しく思いながら、美貴も亜弥ちゃんと同じ格好をする。
 ずりずりと椅子を引き摺りながら、亜弥ちゃんが近付いてきた。

 いや、いやいやいや、近いから。
 顔くっつくから。

 「な、何」
 「眼鏡を、取ってください」

 そう言いながら、美貴の両手を自分の顔に持っていっている亜弥ちゃん。
 その表情は、言ってしまえば、無だった。
 無表情なまま、声にだけは表情は出てるのに。
 声は、悪戯を思いついたみたいに楽しげなのに。

 何となく、何もいえなくなって。
 美貴は、亜弥ちゃんの眼鏡の蔓に手をかけた。

 「取るよ…」

 微妙な空気が流れる中、思い切って眼鏡を取る。
 そして…、

 「ぎゃあぁぁぁぁ」

 自分のものとは信じがたい、と言うか信じたくない悲鳴を残して、美貴は意識を手放す羽目になった。