その先へ


 急に降り出した強い雨に慌てて、手を引いて走り出す。
 閑散とした道のシャッターの下りた店の軒先を借りて、雨宿り。
 隣には、拗ねたような膨れっ面。
 それに気づかないフリをして、空の様子を窺う。
 鈍色の空に、錆色の海が、そこにあった。
 気紛れに誘わなければ良かった、と今更思う。海に行こう、なんて。それが家からチャリンコで15分くらいの場所だったとしても。
 我知らず、溜息がこぼれた。

 「何か、ゴメン…」

 唐突に思い立って、呼び出して連れ出して、波打ち際に辿り着いて、少しもしないうちに土砂降り。コレだから嫌になる。
 重ねてごめんと言うと、圧し殺した声が「謝んないでよ」と返してきた。
 雨はまるで、軒先と世界を切り離すかのように降り続いていた。
 取り残されたみたいに、ふたりだけ。
 冷たくなった手を取って、包み込むように握る。
 濡れた髪を拭くタオルは、あいにく持ってなくて、滴る雨粒を見ないように真っ直ぐ前を向いた。
 目の前の道には、人も車も通らない。
 走って帰るべきか、留まるべきか。
 雨は意外と冷たくて、外気を冷たくする。否応なしに体温を奪っていく。
 ぐだぐだと逡巡している間に雨が弱まれば、なんて淡い期待を抱いてみるが、一向に弱まる気配を見せない。

 「…梨華」

 隣の幼馴染の名を呼ぶ。
 ちらりと一瞥すると、不機嫌そうな顔。
 少し迷ってから、訊いた。

 「走れる?」

 答えようとして口を開きかけた梨華は、しかしアタシの後ろに視線を固定したまま口を閉ざし、動きを止めた。

 「ひとみちゃん、アレ」

 改めて口を開いて、アタシの後ろを示す。
 示された方を向いてみると、そこには1台の車が停まっていた。
 それは、雨の帳の中にあってもなお目立つ赤い車だった。車種に明るくないアタシには、それが何という車かは判らない。
 運転席の人物が、アタシたちを手招いている。

 「…ひとみちゃん」

 梨華が、不安そうな目線を向けてくる。どうするの? 行くの? と訴えてくるのは、梨華が極度の人見知りだから。
 アタシは、少しだけ悩む。走って帰れば、梨華に余計な精神的負担をかけることはない。が、今の時期の雨は、思う以上に冷たいものだ。
 
 …うーん。

 梨華の手が、アタシの二の腕に触れた。冷たい。その手に、自分の手を重ねた。
 ぽんぽんとあやすようにその手を叩き、それから恋人つなぎにつなぐ。
 走って車に近づくと、後部座席を示された。
 素早く梨華を押し込んで、自分も雪崩れるように乗り込んだ。
 結構、濡れた。

 「大丈夫?」

 運転席から、声がかかる。どこかで聞いたことのあるような、少しはスキーなアルトの女声。

 「大丈夫です、ありがとうございます」

 ルームミラーに映るようにして、ぺこりと頭を下げる。
 梨華は、アタシの腕にくっついて、少し俯いている。

 「いやぁ、あたしも迷っちゃってさ。送ってくから、ちょっとだけ道教えてよ」
 「いいっスよ〜」

 気軽い感じに言われて、気楽な感じで応えた。