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ウチまでの道すがら、市街地方面への道を細かく教えてあげた。
コンビニのある角を左折、とか、病院がある道を真っ直ぐ行くと国道に出る、とか。
一通り説明し終わると、車は示し合わせたかのようにウチのアパートの前に着いた。
「もうすぐ雨止みそうだし、それまで車ン中で待ってなよ」
運転席の女は、ごく自然な感じでそう言って、アタシたちを引き止める。
梨華はさっさと安心できる場所に戻りたがっていたが、アタシはその女に興味を持っていた。
女の提案を勝手に受け入れると、梨華はむっすりと黙り込んで、視線を窓の外に向けてしまった。
アタシは、ルームミラー越しに女の顔を見る。顔の半分を隠すような真っ黒なサングラスが、人相を判りづらいものにしている。
女が、ちらりとアタシを見た気がした。
「…キミら、付き合ってんの?」
不意に女が質問を投げかけてきた。その言葉に、触れていた梨華の手がぴくりと反応を示す。
その質問には、アタシも少々警戒せざるをえなかった。
「…なんで、ですか」
とりあえず、ついていかない思考のまま言葉を返す。
警戒と、緊張で、背中がひやひやしている。
そんなアタシの様子に気づいているのかいないのか、女は「別に他意はないんだよ」と言って苦笑した。
それから、付け足す。
「あたしにも、好きな女がいるから、さ」
ちょっと構ってみたくなったんだ、と女は打ち明ける。
アタシたちにとっちゃいい迷惑以外の何でもない。家まで送ってもらったけど。
ふーっと安堵の息を吐き出すと、女はごめんごめんと笑った。
それから、女はぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。
好きな人とは、幼馴染で、生まれたときから一緒にいること。ずっと一緒にいて、一緒にいることが当たり前で、離れてみて初めて好きだって気持ちに気づいたこと。そして、久し振りにこれから逢いに行ってくるということ。
それらを淡々と、行きずりのアタシたちに話した。
それから、最後に。
「何か、ちょっと似てるような気がしたんだ、キミら。ウチらと。
キミら見てると、いいなって思う。お互いがお互いを想ってて、微笑ましくて、見守ってたいな、って気にさせる」
「…どうも、です」
初対面の人間に、そんなふうに見られるっていうのは、どうなんだろう。そんなにアタシたちがお互いを想ってるってこと、バレバレ? それとも普段周りにいる人は、幼馴染って言うフィルタを通してみてるから、それ以上にもそれ以下にも思ってないだけ?
女の言葉にモヤモヤしながら隣を見ると、これまた微妙な表情をした梨華と目が合った。
ツーツーカーカー。
ちょっと、距離置いたほうがいいかもね、と言っている、その目は。
アタシ…、には無理かも、です、梨華さん。
「…や、大丈夫だよ、たぶん。他の人は、仲が良くていいねぇ、くらいにしか思わないと思うから」
アタシたちの心を見透かしたかのようなフォローが、女から入った。
ああ、“同じ”なんだろうな、彼女らと、アタシら。
アタシがしみじみ感じ入っていると、少し間を置いてから、女は言葉を重ねた。
「…この先、大変なコトとかもいっぱいあると思うケドさ、世の中、だいぶ優しくもなってきてるし、キミらはずっと一緒にいてほしいな、とか思っちゃうわけよ、先人としては、ね。
勝手に期待とか希望とか、抱いちゃってるワケよ、キミらに」
未来なんかわっかんないんだけどねー。女は、独り言のように付け足した。
アタシは、返す言葉を見つけられず、黙りこくってひたすら自分の太腿辺りに視線を落としたままにした。
梨華も、何も言わない。
沈黙が、車内に満ちていた。
「…この先、ワタシたちがどうなるかなんて、本当にわからないです、けど」
唐突に、梨華が沈黙を破った。
アタシはビックリして、梨華のその横顔を見る。珍しいコトもあるもんだ。
「一緒にいる間は、ずっと幸せでありたいと思ってます。大変なこともふたりで乗り越えたいと思っています。
貴女が希望を寄せられるくらいには、ワタシたちは一緒にいようと思ってます」
毅然と前を向いて、梨華はそう宣言した。
あぁ。こいつとなら、大丈夫だ。そう思って、惚れ直したのは、秘密。
女は、ルームミラーを通して、暫し梨華を見詰めた。
それから、力を抜くようにふっと笑った。
「…雨、止んだね」
女は、アタシが思っていたのと全然違う言葉を返してきた。
つまり、お話はここまで、ってことか。
サングラスに隠れた女の目が、フロントガラスのその向こうを見ている。
女が言ったとおり、雨は上がっていた。
「本当に、ありがとうございました」
そう言って、ドアを開けた。
「こちらこそ。
まぁ、頑張り給えよ、若人」
女は、芝居がかった口調で言い、ひらひらと手を振って寄越した。
ドアを閉めて、ふたりで頭を下げる。
頭が上がりきる前に、車は発進していた。
赤い車が見えなくなるまで見送ってから、アタシたちは手をつないで安アパートの部屋へと帰っていくのだった。
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