RED


 市井の民は、苦しんでいた。
 赤き阿鼻叫喚は、それを展開してもう長い。「赤き死」なる疫病は、確実に国中を蝕み、人々の生命を奪い取っていた。
 その疫病に取り憑かれたものは、まず全身がきりきりと痛み始め、眩暈に襲われ、やがて毛穴という毛穴からおびただしい血液があふれ出し、ついには息絶える。
 犠牲者の顔や躰が紅い斑点だらけになると、いかなる同情も救済も慈悲も与えられることはなかった。
 病が進行すれば、30分ほどで死に至る。
 真紅は恐怖と死の象徴だった。

 国王は、国土から臣民の半ばが死に絶えてしまったのを見て、自身の宮廷に仕える臣下や騎士たち、陽気な友人たちを数え切れないほど招き寄せ、彼らと連れ立って自身の暮らす城郭の奥に引き篭もってしまった。
 城のぐるりは強靭な塀で囲まれ、鋼鉄の厳つい門は何人も寄せ付けないように閂は溶接されていた。
 城の外で蔓延している「赤き死」も、城内には侵入することは出来ないだろう。



 国王は、場内にありとあらゆる娯楽を用意していたし、城内には蓄えもたっぷりあった。
 1日中お抱えの楽団が陽気な音楽を演奏し、道化師がおどけ、ダンサーが踊った。
 悦楽と安全とが、この城内では確約されていた。

 集まった人々が宴に興じる姿を見て、国王であるミキは満足そうに王座に躰を沈めていた。
 手の杯には、葡萄酒がなみなみと注がれている。

 「みきたん」

 そう声を掛けて近寄ってくるのは、ミキの一番の理解者であるアヤだった。

 「あやちゃん、楽しんでる?」

 普段、臣下には見せない無防備な笑顔でミキが応える。
 それを見たアヤは、少しの間複雑そうな笑みを浮かべ、それを隠すようにミキの頬に唇で触れた。

 「そろそろ、何かばーっとしたことやろうかと思ってるんだけどさ…」

 詰まらなそうな表情で、ミキは呟く。
 城に篭って6ヶ月。そろそろ新しい刺激がほしくなる頃だろう、とアヤは嘆息する。
 面倒臭がり無くせに、何かしらやりたがり、それを思いついては他人に丸投げする。この国王とは、そういう人物であった。

 「あーもう…」

 しょうがないな、こいつは、と思う。
 アヤもアヤで、ミキのことを放ってはおけないのだ。
 ひゅう、と一呼吸置いて、表情を変える。仲の良い友達に話しかけるのではなく、余所行きの表情に。

 「仮面舞踏会などいかがでしょうか、王様?」

 慇懃に礼をするアヤを見て、ミキはふは、と息を吐くように笑った。
 
 「うん、悪くない」

 かくして城の外では疫病がいつになく猛威を振るっていた頃、アヤの提案、ミキの指揮の下で仮面舞踏会が催されることが決定した。