4日目

 高柳明音と、松井玲奈は、同じクラスに所属していた。
 理事長の孫娘だという明音は、クラスの女王的な扱いをされていた。
 一方で、玲奈はというと、まるで爪弾きもの。必要以上に誰とも関わらず、反論も反抗もしない。
 そんな玲奈であっても、明音は松井玲奈が嫌いだった。
 理由は、ただ1つ。
 玲奈が、珠理奈に目を掛けられているから。
 2人が校内で、人目を盗むように逢瀬を重ねていることを、明音は知っていた。
 本当に、面白くなかった。
 松井玲奈の陰気さも面白くなかったし、それを気にかける珠理奈も面白くない。そうなると、自分のまわり全てが面白くなくなった。
 そして、陰口にももう倦み始めていた頃だった。
 それは、体育の授業前、更衣室での出来事だった。
 太陽は夏の気配を多分に含み、容赦なく頭上から照り付けている、そんな日。
 いつも通り、明音は何人かと喋りながら、玲奈は端のほうで1人、それぞれ着替えていた。
 それでも、明音は視界の端で玲奈を捕らえている。
 そして、彼女は目敏く見つけてしまった。
 玲奈の首で揺れる、見覚えのあるペンダントトップ。
 明音のまとう空気が、一気に変わる。
 ざっと血の気の引いた表情を見せた後に、燃え滾るマグマを孕んだ表情が現れる。
 それでも、明音は叫びだしたい衝動を懸命に抑え込んだ。
 「…ねぇ、そろそろ新しいゲーム、始めない?」
 取り巻きの面々にだけ聞こえるような声で、低く、呟いた。
 少女たちは、くすくすと悪意を隠した囀りで、笑いあう。

 その更衣室には、珠理奈もいた。
 クラス合同の体育は、けして広いと言えない更衣室の中に2クラス分の少女を押し込んで着替えさせる。
 きゃあきゃあとかしましい室内にいて、珠理奈の意識は、たった2人に向いていた。
 時折話しかけられる内容に適切な言葉を返しながら、全身では玲奈を、明音を見ていた。
 玲奈が、Yシャツの首許に手を掛け、ボタンを外し始める。
 その下には、珠理奈が明音からもらい、玲奈に渡した南京錠型のペンダントトップがあるだろう。
 果たして、珠理奈の読み通り、玲奈の首には珠理奈が渡したペンダントが掛かっていた。
 珠理奈の表情が、一瞬だけ緊張したように張り詰める。
 玲奈の首許をちらりと確認すると、すぐに視線を明音に移す。
 そして、明音の表情の変化を見届ける。
 「…珠理奈?」
 隣にいたクラスメイトに声を掛けられ、我に返った珠理奈は、ぎこちない表情を慌てて取り繕って笑う。
 「何?」
 「や、具合、悪い? 何かすっごい顔してたから…」
 「そっかなー? 別に何ともないよー」
 へらりと笑って、てきぱきと着替えを済ます。
 着替え終わったクラスメイトとじゃれあいながら、更衣室を出て行く。
 入り口で一旦立ち止まった珠理奈は、室内を振り返った。
 それに気づいた明音が、ぱっと明るい表情を見せて手を振る。珠理奈が応えると、嬉しそうに俯く。
 その隙に、珠理奈は明音の背後に鋭く視線を向けた。
 玲奈が、不安そうな表情で、珠理奈を見ている。
 と、明音が顔を上げた。
 「じゅりなー、何してんのー? 早く行こう」
 廊下で、珠理奈のクラスメイトが呼んでいる。
 明音に、営業スマイルを残して、珠理奈は更衣室を後にした。


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