5日目 1

 珠理奈は、良くも悪くも自由奔放だった。
 明音は、そんな珠理奈が好きだ。
 女遊びの激しい珠理奈に気付かないフリをして、待ち続けることも出来た。それは、どんなにふらふらしていても、最終的に自分の許へ帰ってきてくれる、という絶対的な自信があったからだった。
 …今までは、そう、信じられたのに。
 けれど、と明音は陰鬱な気持ちになる。最近の珠理奈には、不安を掻き立てられた。
 一緒にいても、どこか虚ろな表情で黙り込むことが増えた。時折溜息を零し、ぼんやりと窓の外を眺めていたり。
 そして、松井玲奈に、構いすぎる。
 珠理奈は、夜には松井玲奈に会いには行かない。けれど、その代わり言わんばかりに、学校では“べったり”だった。
 見る人が見れば解る、珠理奈の松井玲奈に対する執心。
 明音には、ありありとそれが感じられた。
 だからこそ、不安を掻き立てられ、イライラさせられる。
 今までの珠理奈なら、その精神ですら飄逸だった。風のような自由さで、いろんな子にちょっかいを掛けていた。
 最近の珠理奈は、それすらない。
 明音は、珍しく朝の時間に隣のクラスまで出張ってきている珠理奈の横顔を、ちらりと盗み見る。明音たちとの雑談に参加していながら、意識がどこに集中しているかなんて、明音には一目瞭然だった。
 悪戯っぽく笑って、俯いて、その都度窺うのは、同じ席。
 明音は、深々と呼吸をする。
 自信が、揺らいでいた。
 「…あ」
 唐突に、珠理奈がぼそりと零した。会話に関係のない、拾われもしない一声。
 一拍置いて、ドアが開く。
 松井玲奈が入ってきた。
 珠理奈が、少年のように破顔するところなんて、明音は見たくなかったのに。


 その日の始まりは、代わり映えのしない、いくつも並んだ日常の1つだった。
 登校した玲奈は、自分の席に就き、鞄をとりあえず机上に置く。
 けれどその日は、些細な変化が、教室内に在った。
 明音たちのグループに混じって、珠理奈の横顔が在った。
 玲奈は、珍しいな、と思いながら少し見惚れる。
 悪戯っぽい笑みを見せたと思えば、驚いたような表情になる。そして、自分の躰で隠すようにして、玲奈に向かって手を振ってくる。
 横目で窺ってくる珠理奈に、玲奈も真顔で少しだけ手を振り返した。
 くるくる変わる表情は、まるでおもちゃ箱みたいだ、と玲奈は微笑した。
 それから少し、溜息を漏らした。
 そろそろ予鈴が鳴る。
 「じゃあ、またねー」
 そう言う珠理奈の声が聞こえた。
 玲奈は椅子に落ち着いて、鞄の中の教科書を机に移そうとした、そのとき。
 「っっ?!」
 玲奈の躰がびくりと跳ね、不意打ちを喰らったように声が零れ落ちた。
 明音の集団から離れた珠理奈が、怪訝そうな顔をして玲奈に向かっていく。
 自身の指に出来た紅いひと筋に視線を奪われている玲奈は、珠理奈に気付かない。
 明音の取り巻きは、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべているが、その中にいる明音は、少し青褪めていた。
 紅く切り裂かれた玲奈の指先は不意に攫われ、珠理奈の口の中に在った。
 ピリッとした痛みに、玲奈は思わず眉を顰める。
 珠理奈の舌先は、何度も傷を往復した。
 「は…、じゅり、な…」
 か細い声で、玲奈が呼ぶ。
 顔を上げた珠理奈は、悪戯っぽい笑みを眦に乗せ、玲奈を見ていた。
 満足そうな、笑顔。
 玲奈は、恥ずかしそうに俯いた。
 「じゃあ、行くね、玲奈ちゃん」
 低めの声で、耳元に、囁かれた。


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