2日目


 放課を報せるチャイムが響くと、学食を利用する生徒が、我先にと教室を出て行く。
 珠理奈も学食へと向かっているが、その歩みはゆっくりしたものだった。
 擦れ違う誰もが、珠理奈に声を掛けてきては、昼食の誘いを投げかけてきた。
 それを全て断って、ようやく学食へ辿り着く。
 窓口には、そこそこの列が出来ていた。
 「珠理奈〜」
 不意に名前を呼ばれて、声の方を見る。明音が、満面の笑みで手を振っていた。
 表面に笑みを貼り付けて、呼ばれるままに人の隙間を縫って行く。
 明音が、何かを手にして立ち上がる。
 「珠理奈、これ」
 そう言って差し出してきたのは、南京錠型のペンダントだった。
 独占欲の現われに、苦笑いを満面の笑みにすり替える。
 「ありがと、ちゅり」
 そう呟くと、明音の嬉しそうな笑みは、深みを増す。
 掛けてあげるね、と輪を開いて、まるで抱きついてくるかのように明音が珠理奈に重なる。
 そして珠理奈は、ふと笑みを消した。
 一瞬だけ視線が一点を捉え、そしてまた何事も無かったかのように口の端に笑みが戻る。
 ペンダントを掛け終えた明音が、珠理奈から離れた。
 「うん、よく似合ってる」
 満足そうに頷いて、明音は席に戻る。
 珠理奈も、1つだけ空けておいてくれた席に納まった。
 そしてまた、視線が捉えたのは。
 ――松井玲奈。

 玲奈は、1人だった。
 だから彼女は、身軽だった。
 午前中の授業の終業チャイムと同時に、玲奈は教室を出た。
 昼時の学食は、混む。
 好きなメニューを好きな場所で食べるには、それなりの運と、多少の行動力が必要だった。
 そして、1人きりの玲奈は、たいてい思い通りの結果を手に入れている。
 定食を乗せたトレイを手に、空いている席へ滑り込む。
 いただきます、と手を合わせてから、ゆっくりと食事に取り掛かった。
 部屋の中が、騒がしくなっていく。
 女しかいない特殊な空間が、密度を増して完成していく。
 そして玲奈は、ふと顔を上げた。
 今まさに、部屋に入ろうとした生徒に目が留まる。
 その生徒は、一瞬だけ入り口付近で足を止めた。
 「珠理奈〜」
 玲奈の前方で、誰かが立ち上がって手を振る。
 珠理奈と呼ばれた生徒が、口角をぐっと上げてその声に応えた。
 2人は、何か言葉を交わし、それから、動いた。
 まるで、1人がもう片方に抱きついたかのように見えた。
 玲奈は、ぐっと息を呑む。目を逸らすように下を向き、食事を再開する。
 「ありがと、ちゅり」
 その声を、喧騒の中から拾い上げて、耳が捉える。
 振り払うように、皿の上を綺麗に片付けた。

 玲奈が立ち上がって、トレイを下膳スペースへ持っていく。
 それにつられて、珠理奈が顔を上げた。
 玲奈の視線は、真っ直ぐに前だけを見据えていた。一切の迷いもなく、出口だけを見ている。
 それが、珠理奈には面白くなかった。
 食事の手を止めた珠理奈は、すっと手を出した。
 その手が、スカートを掠めて白い太腿を撫でる。
 びくりとして、玲奈は振り返った。その視線が、にゅっと口角を上げた珠理奈を捉える。
 険しい表情の玲奈とは対照的に、珠理奈の顔は満足そうだった。
 「はじめまして、松井サン。アタシも松井サンって言うんだ。よろしく」
 気安い笑顔が、軽い言葉を投げかけてくる。
 それを受け流せない玲奈は、後退るようにしてその場を逃げ出した。
 その後姿を目で追う珠理奈は、対面に座る明音の視線に気づかない。
 明音の双眸は、人を殺せそうな色を湛えて、珠理奈を見ていた。